Showing Mexican food culture

時空が包み込む、文明の発祥の地の超多様性:メキシコ

「メキシコに帰ると、すべての色が鮮やかに見える気がするんです。なぜだかわかりませんが。」ミゲールさんが言った。私たちは今、都内のカフェで食事のあとのゆったりとしたひととき、ソブレ・メサ(sobre mesa)を楽しんでいる。

メキシコ。私たちはどんなイメージをもっているだろうか。

トマト、カボチャ、トウモロコシ、パプリカやピーマンなどの辛くないものを含むトウガラシ類、カカオ、バニラ。多くの国の食文化に深く浸透しているこれらの食材は、実はすべてメキシコとその周辺地域が原産だ。この地域は、中東や中国、インドなどとともに、世界で重要な食材の原産地として、センター・オブ・オリジン(Centre of origin、「原産の中心地」)と呼ばれている。

実際、トウガラシのまったく入っていないアジアの食文化、チョコレートやバニラがまったく使われない欧州のお菓子文化、トマトのない世界の食文化なんて、今は考えられない。

そして、この地域は、南米のアンデスとならんで、中国、インド、メソポタミア、エジプトとともに、古代文明の発祥の地なのである。

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「こちらの皿の料理には、105種類の材料が使われています。」メキシコ大使館公邸シェフ、ビクトール・アロンソ・バスケス・カンポス(Victor Alonso Vázquez Campos)さんが、チョコレートに近い色をしたソースのかかった「ポヨ・コン・モレ(Pollo con Mole)」という肉料理を指さして言った。そしてその右隣は、緑色鮮やかなフレッシュスープのような見た目の料理が、石臼をくりぬいたような器に入っている。その隣には真っ赤なソースの上に真っ白なトッピングが散る、春巻きのような料理。左隣には、こちらも真っ赤なソースの塗られた魚のグリル。これらのソースは主にある種のトウガラシでできているそうだ。どれも弾けるような食材の鮮度を感じる料理で、とても美味しそうだけれど、説明に圧倒されて、一体これらがどんな食材でできているのか想像がつかなくなった。

Pollo con Mole, with 105 ingredients.

Pollo con Mole, with 105 ingredients.

メキシコは、世界でも有数の超多様性、すなわちメガダイバーシティの国だ。それは、生物、文化、言語に及ぶ広大な範囲の多様性である。

メキシコの生物多様性については、OECD環境パフォーマンスレビュー2013年度版に次のような報告がある。「メキシコは生物多様性において世界で最も重要な国のひとつ」であり、「20万を超える種類の生物が存在し、世界の生物多様性の10-12%はメキシコに由来する」とのこと。具体的には、爬虫類の多様性は世界トップ、哺乳類で2位、両生類で4位、植物相で4位で、総合すると、世界で4番目に生物多様性が高い国であるということだ。

また、言語の多様性についていえば、メキシコ大使館によると、364種の言語学上のバリエーション(方言などを含む)を持つ68言語が登録されているとのことである。

そして文化の多様性は、世界第3位とのこと(メキシコ食文化保存協会【Conservatorio de la Cultura Gastronomica Mexicana】が著作権を所有するユネスコ資料)。

A traditional Mexican cooking implement

A traditional Mexican cooking implement

そして、その文化のひとつ、メキシコ伝統料理は、2010年、ユネスコの無形文化遺産に登録された。その対象は先住民から引き継いだ独自の料理と伝統の調理方法にとどまらない。環境への負荷の低い「ミルパス(milpas)」や湖に小さな島を作って耕作する「チナンパス(chinampas)」などの非常に独特な伝統農法からはじまって、食と関連する儀式、コミュニティの習慣、マナーに至るまで、独自の食をとりまく文化システムが保存の対象になったことによる。

これらの背景を踏まえて、メキシコの料理の数々をご覧いただきたいと思う。

このたびのインタビューのお相手をしてくださったのは、カルロス・アルマーダ(Carlos Almada)駐日メキシコ大使、マーラ・マデロ(Mara Madero)大使夫人、そしてミゲール・エスカランテ(Miguel Escalante)三等書記官。メキシコで典型的な料理をかこんで、メキシコの文化についてゆっくりとお話をうかがう機会を得た。

Enchilada Queretana, with mild guajillo chile sauce.

Enchiladas Queretanas, with mild guajillo chile sauce. 大使館シェフのレシピはこちら。

一品目は、先ほどの春巻きに似た、トウガラシのソースの一品、ケレタロ風エンチラーダ(Enchiladas queretanas)。マダム・マデロの故郷、ケレタロの味だ。ちなみにケレタロは、ユネスコの世界遺産に登録された美しいコロニアルタウンをもち、スペインの征服者と先住民が隣り合わせて暮らしていたことを示すレイアウトになっていることが特徴となっている。

また、メキシコにはアメリカ大陸最古、16世紀からのワイナリーがあるとのことで、そのワイナリーのワインを提供してくださった。実は、このワイナリーは、マダムの曽祖父の時代から、ご家族が経営なさっている。スパイシーな料理にワイン?と思われる方もいるかもしれない。でも、やはり土地に根ざした料理には、その土地の地酒がきちんと合っている。固定観念を捨てて、まずは試してみよう。

エンチラーダにかかっているこの真っ赤なワヒーヨ(Guajillo)というトウガラシのペーストでできているこのソースは、実はとってもマイルドで、ポテトとニンジン、チーズがさらにやさしい味わいを演出している。メキシコには多くの「チレ(Chile)」と呼ばれるトウガラシが存在するのだが、日本語でいう「トウガラシ」の定義からくる、赤くて非常に辛いスパイス、というイメージは一度忘れてしまったほうがよさそうだ。「チレ」というのは、バラエティに富んだ微妙な味わいを醸し出す、「食材」、といったほうが正確だろう。

二品目は、エビとホタテのアグアチレ・ベルデ(Aguachile verde de camarón y callo)。先ほどのグリーンのフレッシュスープのように見えた一品である。爽やかで酸味がまろやかな、上質なライム汁が、魚介とアボカドのコクをひきしめている。入っている「チレ・デ・アルボル(Chile de Arbol)」の非常に上品でささやかな辛みと旨味は、優しく料理を下支えしている。そこに、コリアンダーの強いアクセントがきき、絶妙な味のバランスのとりあわせだ。

そして、次はソパ・デ・フィデオ(Sopa de Fideo)。細麺入りのトマトスープである。これは、メキシコのどの家庭でも作られるお母さんの味で、いわば日本でいう味噌汁のようなスープだとのこと。想像するのに難しくない、見た目どおりのあったかな家庭の味だった。

Sopa de Fideo, "Miso soup for Mexicans."

Sopa de Fideo, “Miso soup for Mexicans.”  大使館シェフのレシピはこちら。

そして、あの105種類の食材の料理、ポヨ・コン・モレ、鶏肉のモレソース仕立て(Pollo con mole)が登場する。この地の生物多様性の規模を考えれば、こういった料理が存在するのも自然なのかと、今は納得してしまう。シェフのほうも、入っている材料を全部答えるだけで日が暮れそうだが、聞いてみると、パシーヤ(pasilla)、ムラート(mulato)をはじめとする様々なチレのほかに、シナモン、バナナ、ピーナツ、チョコレートなどが入っていますよ、とはにかんだ笑顔で教えてくれた。味は複雑かつ濃厚、香り高いのに、マイルドに調和がとれていて、すっと体になじむ親しみやすい味わいである。アルマーダ大使によれば、メキシコの各地で、モレの数は無数に存在し、色も緑だったり、黒だったり、赤だったり、色々なのだけれど、結婚式で出されるくらいの、メキシコが誇る料理なのだそうだ。

そしてメキシコの文化と多様性についての大使のお話が続く。「メキシコのこれほどまでの多様性は、文化が融合しているというところも大きいです。」「そしてそれを認識するのに困難はないですね。文化的に、スペイン、ポルトガル、イタリア、フランス、その他いろいろな国々、そして先住民を引き継いでいることを誇りに思い、嬉しく思っています。」そして、そのスペインは、歴史的に、ケルト人、フェニキア人、ローマ人、ゴート人、アラブ人など、多くの人たちが入り、文化を融合させてきた場所である。「アラブの影響は私たちにとって非常に大切なものです。アラブ人はスペインを800年統治していましたから。だから、例えば私の名前もアラブ名です。「アルマーダ」というのは、アラブの名前なのですよ。」

Pescado a la talla, Acapulco style.

Pescado a la talla, Acapulco style.

Calabaza en Tacha, a mildly spiced pumpkin dessert.

Calabaza en Tacha, a mildly spiced pumpkin dessert.

Calabaza en Tacha with Vanilla icecream.

Calabaza en Tacha with Vanilla icecream.

そして、その多文化の融合地、スペインがメキシコを統治し、加えてアカプルコを拠点に太平洋を越えた植民地、フィリピンとの交易を頻繁に行なったことにより、東アジアと相互に与え合う大きな影響をメキシコがヨーロッパへつないでいくことになる。またメキシコは、奴隷として来た人々を通じて、アフリカからの影響も受けているのだ。

メキシコのいいところは、あまり広くない国土の中で、何千年もの昔から続く歴史と、外部から入ってきた影響の歴史のそれぞれをすべて感じることができるところなんです、とミゲールさんが静かな情熱をこめて話す。

「自分がどこから来た人間かということ、自分が持ってるものに大きく満足しながら、排他的にならないということはとても大事なことだと思うのですよ。」ゆったりとした笑顔をたたえて、アルマーダ大使はおっしゃるのだった。

文明の発祥地、超多様性の自然と文化。歴史の荒波にもまれながら、世界に多くのものを提供し、文化をつないだ国、メキシコ。訪れるたび、極彩色のモザイクのような多様性の中を目を凝らしてみると、新しい発見だけでなく、自分のルーツへのつながりも見つかるかもしれない。世界は自分が気がつかないところで長い間つながってきた。そんなことをもう一度思い起こさせられ、じんわりと胸にひびいた午後のひとときだった。

Diverse Mexican Table

Story by: Rika Sakai

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