Showing Belgian food culture

ミクロ多文化の国ベルギー:無限種のビール、おいしいものへのこだわりと柔軟性

高級チョコレート、様々な味と種類の高品質ビール、一大ブームを巻き起こしたベルギーワッフル。日本でベルギーといえば、ちょっとプレミアム感のある美味しいもののイメージばかりだ。多くの人は、主にフランス語圏とオランダ語圏があることはご存じだと思うが、ベルギーは、実際はどんなところなのだろうか。ベルギー人は自国の文化について、どんなふうに思っているのだろう。今回は、在東京ベルギー大使館の参事官、クリストフ・ドゥ・バッソンピエール(Christophe de Bassompierre)さんのご自宅で、ベルギーの方々が手料理の持ち寄りのランチパーティを開いてくださり、ご自身のなかのお気に入りをおうかがいする機会をいただいた。

すっきりしたモダンな外観、真っ白な壁。ドゥ・バッソンピエール家の扉が開き、笑顔で皆さんが迎えてくださった。ホストのクリストフとアンヌマリー(Anne-Marie)のご夫妻、マチュ―(Matthieu Branders)、アンドレ(Andrée Kerremans)、そしてセヴリーヌ(Séverine de Potter)とヨナス(Jonas Knops)の夫婦。クリストフに導かれ、気持ちの良いテラスに出る。やはりビールの国、2種類のビールが出だされる。ベルギー醸造所協会(Belgian Brewers Association)のデータによると、ベルギーにはなんと1500種類以上のビールがあるとのこと。しかも作り方は大きく分けて4つある。上面発酵、下面発酵、自然発酵、そして混合発酵だ(下記表を参照。)

つくり方の種類 特徴
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  • 下面発酵(低発酵)
15℃‐10℃、低めの温度で発酵。数日経つとタンクの底にイーストが沈む。味の安定感が強い。販売量が最も多いタイプ。
  • 自然発酵
ランビック麦汁にホップを入れ、イーストを使わず、涼しい屋外に放置して自然に発酵させる。理論的にはどこでも作れるはずなのだが、実際には、ブリュッセル近郊の空気中に生息する菌が最もふさわしいとされている。主な菌の名前はBrettanomyces bruxellensis(ブリュッセルの名前が入っていることに注目。)、Brettanomyces lambicus(同様に、ランビックが名前に入っている。)
  • 混合発酵
使われるイーストのタイプは様々。多くは、まず、第一段階の醸造の際に上面発酵ビールを作り、オークの樽に1年半以上寝かせる。この間に乳酸の発行が進む。その後、若い上面発酵ビールと混合する。

(ベルギー政府公式観光局サイト参照)

なかでも、自然発酵ビールはとてもおもしろい。表の説明にもあるが、ブリュッセル近郊の空気中に住んでいる菌で発酵するとのこと。日本の麹の菌についてもいえることだが、場所によって違った菌が住んでいて、歴史の中で人とともに料理を通じて生きてきたということが、あらためてシンプルで、あたりまえで、すてきなのだ。

また、ベルギーの皆さんの話では、もともとベルギーでは、それぞれの町や村といったごく小さなコミュニティ単位でビールがつくられていたという。ベルギー政府公式データによれば、二つの世界大戦や20世紀の恐慌のさなか、多くの醸造所がつぶれたり統合されたりして、20世紀初頭には3200もあった醸造所が現在では168となっているが、それでも、ベルギービールの1500という種類の多さは驚愕的だ。

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泡は上から指二本分がベルギー流のビールの注ぎ方。

 

ビールの醸造の歴史は古代文明の時代までさかのぼり、紀元前9000年ころ、中東のメソポタミアで始まったとされる。エジプトからガリア(現在のフランス)へ、そしてローマ帝国にも広まったが、もともと家事の一部とみなされており、女性がつくることが多かったとのこと。中世になると、修道院が農業、家畜、特定の工芸品に関する知識の集積地となり、衛生的に安全な飲み物として修道士たちがビールをつくるようになった。これが南ヨーロッパの修道院だとワインを作るのだが、ベルギーの気候ではビールのほうが適していたというわけだ。また、修道士たちの手によって、こだわりのある職人的なビールが誕生した。(フランドル地方政府公式観光案内情報を参照。)

ベルギーのビールのバリエーションの幅が大きいのは、小さなコミュニティ単位でつくられていたという以外にも、歴史的な背景がある。14世紀、現在のドイツを主な領土とする神聖ローマ帝国では、ビールにホップを入れなければならない、という規制(Novus Modus Fermentandi Cerevisiam)ができた。しかし、現在のベルギーは神聖ローマ帝国の領土に入っているエリアと入っていないエリアとに分かれており、入っていないエリアは、中世からビールに使われてきたグリューイト(Gruit)というハーブでひきつづき香りづけをし、ホップを保存料として使わない代わりに、ビールを酸性化させて保存した。その後も、ドイツではさらにビールの醸造に対し厳しい規制をしいた。1516年にバイエルン公国で発せられたビール純粋令(Reinheitsgebot)では、ビールの原料は大麦とホップと水のみに限定される。これは、ビールの品質の向上を一律にめざすために敷かれた規制ではある。一方、ベルギーでは、自由な采配でビールを作りつづけることができたので、長い月日を経て、結果として多様で個性的なビールが残り、現在のベルギービールの国際的評判を得ることとなったわけである。規制と自由、品質とブランド。経済的にも、政治的にも、哲学的にも、そしてビジネスとしても、考えさせられるちょっと面白い話だ。

話はドゥ・バッソンピエール家のテラスに戻る。マチューの指導によれば、注ぐときは、泡はグラスの上から指2本分くらいの割合にするのがベルギー流。また、乾杯のときは、ベルギーでは、相手の目をみることがマナー。今日いただいたのは、もともと修道院でつくられていた、ゴールドのアビィビールと小麦を使ったホワイトビール。どちらもさわやかで飲みやすいけれど、それぞれの個性がしっかりと主張している。私が気に入ったのはホワイトビール。柑橘系の風味を感じる。それもそのはず、このビールにはオレンジピールとコリアンダーシードがはいっているとのこと。ある意味ビールらしすぎないところが個人的に好み。

ひとしきりテラスでおしゃべりをした後、ダイニングルームへとうつる。外交官のみなさんとご家族の手料理のもちよりの、ポットラックパーティのはじまりだ。

peche au ton

Pêches au thon/Perzik met tonijn

一品目はマチューの作ったまぐろと桃にベルギーマヨネーズをそえた前菜(Pêches au thon/Perzik met tonijn)。マチュ―のこだわりは、ツナ缶を使わずに良質のマグロを生から調理すること。食感、お魚の身のシットリ加減、香り高さがまるで違う。ベルギーのみなさんがこだわるベルギーマヨネーズは、卵の量が多く、レモン汁とマスタード入りで甘くないものなのだとのこと。このマヨネーズを使わないと、ベルギー人が誇る本場の「フリット(ポテトフライ)」はだめなんだ、と強調。

ここでセヴリーヌが熱く語る。ベルギーのフリットは、二度揚げが決め手なのよ、と。それに、じゃがいもは生から調理しなきゃ、美味しい加減にはできないのよ。ここでドゥ・バッソンピエール夫妻が割りこんでくる。それと、ベルギーのポテトでなければ、だめ。アミノ酸の量が違っていて、味わいがぐんとあがるんだ、とのこと。ベルギーでフリットによくつかわれるじゃがいもは、ビンチェ(Bintje)種とよばれるもののようだ。(The Belgian Potato Sector, A review of 2012 Figures and Facts, Belgapom参照。)ベルギーのほかに、オランダ、フランスでもフリット用に人気のある種類のよう。確かに日本ではみかけたことがない。

soup

Soéupe aux poireaux /Preisoep

ここでアンドレの作った二品目が登場。ベルギーリークのスープ、生ハムを添えて(Soéupe aux poireaux /Preisoep)。このスープの本当の味わいを出すには、日本のねぎで代用せず、ベルギーのリークを使う必要があるから、とアンドレは東京の輸入食料品店を探し回ったそうだ。また、このスープは、鮮度がとても大切なので、昨夜作って、冷蔵庫に入れておいたとのこと。クリームグリーンの色が鮮やかで美しく、繊細な味のバランスが絶妙。クリーミーだけど、フレッシュ。おっしゃるとおり、細部にこだわって気をつけて作らないと、こんなやさしく微妙なバランスのお味にはならないだろう。

メインは、アンヌマリーのつくったランビックビールソースのミートボールとチコリのソテー(Ballekes au limbic et chicons braises/Ballekes met limbic en gesmoord witloof)。ベルギーでは、ミートボールは「バラケス」と、フラマン語(フランダース地方のオランダ語)で呼ばれ、とてもよく親しまれている食べ物とのこと。ソースになっているランビックビールは、前記した自然発酵ビールである。ビーフ、ポーク、チキンの三種のひき肉をあわせた大きなバラケスは非常にマイルドな香りと味わいで、ビールソースのほんのりとした苦みと酸味がその繊細なバランスを引き立てている。付け合せのチコリは、日本ではほとんどフレンチなどのレストランでだされるようなサラダに添えられているのしか食べたことがないけれど、ベルギーでは、よく食べられているそうで、こんなふうにソテーにしたりするのだ。

ballakes et chicon 2

Ballekes au limbic et chicons braises/Ballekes met limbic en gesmoord witloof。ベルギー大使館提供のレシピはこちら。

potatoes

そしてデザートは、ヨナスとセヴリーヌ夫妻の作ったチョコレートムース(Mousse au chocolat/Chocolademousse)と、ベルギー伝統のクッキーを使ったデザート(Tiramisu au speculoos/Tiramisu met speculoos)の二品。ベルギーは地方の特色が強いところだけれど、チョコレートムースは、ベルギー全土でよく見るデザートとのこと。みんなチョコレートがほんとうに好きなのだろう。カカオの香りが深く、そして高く鼻を抜ける。これだ、ベルギーチョコの味。独特のカカオの香ばしさがある。大使館によると、ベルギーのココア含有率の基準はEU各国よりも10%から15%も高く、かたくなに伝統のチョコレートの味を守り続けているという。ベルギーのチョコレートのクウォリティは、上っ面のマーケティングによるイメージではなく、きちんと内実のあるものだから、高いお金をだしても人が戻ってくるのだなと、実感する。

一方、「ティラミス」と名のついたデザートは、伝統の「スペキュロース」もしくは「スペキュラース」などと呼ばれる薄焼きの、ほんのりとしたスパイスの香りがきいたクッキーがクラッシュされてマスカルポーネの間に入っており、イタリアのデザートから上手にインスピレーションをうけているものの、ベルギーの個性が強く打ち出されていて、すばらしかった。ヨナスによれば、今回使用したクッキーは職人による手作りのものだそうで、確かに、よく出回っている大量生産品のものよりも、香りに独特の香ばしい主張があった。

ここにいる皆さんは、ベルギー人は、食に関しては比較的オープンで、外国の料理をどんどん取り入れる、とおっしゃっていた。一方で、ビールにしろ、チョコレートにしろ、伝統のクッキーにしろ、自分たちの文化の中で品質の高いものを見極め、しっかりと守り抜いている。謙虚な印象でありながら、実質的にその素晴らしさを対外的に認めさせることに成功しているところに、ベルギーの魅力を感じる。

dessert

Mousse au chocolat/Chocolademousse & Tiramisu au speculoos/Tiramisu met speculoos

それでは、ベルギー人の皆さんにとって、自国の魅力とはどんなところなのだろうか。自分の国で、一つだけ選べるとしたら、一番好きなものは何ですか、それも、外交官としてではなく、個人的に、とおうかがいしてみた。

アンドレ:私にとっては、ブリュッセルですね。ブリュッセルはいろいろなものがぎゅっとごちゃまぜに詰まっている感じです。でも、小さい町に住んでいるという感じがする。どこにでも歩いて行ける。私は好き。外交官としてではない(個人的な)意見よ。

ヨナス:すべての都市と町に、それぞれのアイデンティティがありますね。そして、みんな、自分のアイデンティティを気に入っている。それが僕にとってベルギーの好きなところですね。たとえば、僕はメヘレン出身で、リールという町が近くなのですが、同じではないんです。同じ地域に属するのですが、同じではない。距離は10キロかそこらしか離れていません。こんなふうに、僕にとってベルギーの好きなところは、どの町にもアイデンティティがあって、それをしっかりと根づかせているところです。

ベルギーでは、数キロ先の村や町ですでに言葉の訛りが変わるし、その小さな単位でアイデンティティと出身地への誇りを持っているとのこと。たとえば、自分の出身を話すとき、大まかにどこの大都市の近く、とかどこの県出身、ということはなく、自分の町や村の単位で胸を張って言うのだとか。

「みんな自分の町を知ってると思ってるんだよね。」とベルギーの皆さんが笑う。

マチュ―は、チョコレート、そして、セヴリーヌはフリットだという。素直な感想なのだろう。前述のように、こだわりをもって作られているから、受け入れる方にもこだわりが生まれる。同じ質問を日本人に聞いてみれば、日本のご飯、っていう人はたくさんいそうだから、わかる感じがする。

クリストフ:ベルギー人はあまりお堅くないですね。リラックスしているし、インフォーマルです。一方で、現実的だと思います。ゴールにむかって仕事をするし、物事をきちんと片づけるわけです。とてもまっすぐなんですよ。何事にもあまり文句をいわないし、とてもシンプルです。それと、ベルギー人というのは、自分たちが達成したことを小さく評価してしまうような傾向がありますね。いつもです。だから、ベルギーがどんなにいいところなのか、自分たちで分かっていないときがあると思います。でもそのかわりに、とてもリラックスしていて、居心地のいい雰囲気があるんです。

coffee

そしてアンヌマリーはこういう。私にとって、ベルギーは友情の場所ですね。お互いのことをよくケアしている。お互いよく、とてもカジュアルに家に呼ぶ文化があります。そういうとき、大きなごちそうとか、なにか特別なものを準備する必要はないんです。テーブルを一緒に囲んで、食事をわかちあえばいいんですよ。

ミクロ多文化の国、ベルギー。ちょっと謙虚でありながら、くったくのない人々。地元の人々の話をきくと、ニュースや商業ブランドではみえてこない、素顔のやさしいベルギーがふんわりと心に近づいてくる。ベルギーのあちこちの小さな町に自転車でとまりながら、地元の個性的なビールを飲み、ベルギーの人に話しかけている光景を想像しながら、アンヌマリーが出してくれたコーヒーをすする。爽やかな夏の午後だった。

 

Story by: Rika Sakai

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