Showing Austrian food culture

高貴な文化と自然のリズムの中で生きる人々 ‐ オーストリア

ハプスブルグ帝国から引き継いだ美しい街並みとカフェ文化、上品な極上の伝統菓子とクラッシックミュージックコンサート、そして、オペラ。オーストリアというと、こんなイメージだろうか。では、オーストリア人にとっては、自国の印象はどうなのだろう。どんな人生の楽しみ方をしているのだろう?今回オーストリア大使公邸におじゃまさせていただき、ツィムブルグ大使ご夫妻とともに食事を囲みながら、思う存分素顔のオーストリアを語っていただいた。

初夏のすがすがしく、暑い日。扉の向こうで、マダム・ラシュミ・ツィムブルグがにっこりと出迎えてくださった。そしてベルンハルド・ツィムブルグ大使は、手にキスをするしぐさでのごあいさつ。ゲストの一人、ザルツブルグ出身のマーグレット・リンデンバウアーさんは、自転車で到着。そしてサマードレスがすてきなウィーン出身のカティヤ・オッタ―さんとシュタイヤマルク出身のミヒャエル・オッタ―さんのご夫妻。大使のご案内で太陽がまぶしい庭にでて、オーストリアのサマーカクテル「フーゴ(Hugo)」をいただきながら、楽しいお話が始まった。このカクテル、とてもさわやか。オーストリア特産のエルダーフラワーのシロップと、しぼりたてのライムジュース、ミントの葉、トニックウォーター、そしてスパークリングワインがミックスされていて、アルコールを強めにも弱めにもつくれるそうだ。エルダーフラワーの味わいは、アジアをおもわせる、少し懐かしい感じもした。

Hugo

ひとときを過ごすと、シェフが一皿目の準備ができたと言っているとの伝言があり、ダイニングルームへ。美しく彩られたサラダ三種が登場した。真ん中にシュタイヤマルク州の特産である濃緑のパンプキンシードオイルが流れている。シュタイヤマルク出身のミヒャエルさんが誇らしげに微笑む。その名も「シュタイヤマルクのミックスサラダ、パンプキンシードオイル添え(Steierischer Gemischter Salat mit Kürbiskern-Öl)。まずはキャベツのサラダ(Kraut Salat)。少しの酸味もちょうどよく、歯ごたえがいい。そしてディルを散らしたサワークリームで和えたキュウリのサラダ(Gurkensalat)、そしてお豆のサラダ(Käferbohnen Salat)。香ばしいパンプキンシードオイルをパンにつけていただく。このナッツの香り高いプレミアムオイルは、アイスクリームにかけてもおいしいとのこと。深い緑色とアイスクリームのコントラストが見た目にもきれいそうだし、この上品なナッツの香りととろっとした食感がバニラアイスクリームがいいハーモニーになりそう。

cucumber salad

さわやかなきゅうりのサラダ Gurkensalat 大使館シェフのレシピはこちら。

cabbage salad

ここで登場した深いボディの白ワインは、オーストリア原産のぶどう、グリューナー・ヴェルトリーナーのもので、このワイナリーはなんと2000年 前、ローマ時代から存在するぶどう畑を所有しているそう。これほどまでに長い間、愛され、手入れされ続けてきたワインという農作物の人との強いつながりに 改めて圧倒される。

さて、つぎに登場したのは、ダークブラウンの透明なスープ、その名のとおり、クラーレ・ズッペ (Klare Suppe)である。深く、やさしい自然の素材の味がする。このスープは、実は次のメインの肉料理をつくるときにできたダシなのだそう。料理の過程ででき たスープにこうやってさらに具をつくりなおして、もうひとつの楽しみ方をする。そういえば、マダムから「私のバイブルなのよ。」と、紹介していただいた、 オーストリア伝統料理の本をみると、一つのスープをいただくにしても、本当にいろいろな具、ダンプリングやシュトゥルーデルなどを様々な方法で作り、都 度、味や食感をかえて楽しめるようになっていた。オーストリアでは、いまある季節、いまいる土地でとれたものを最大限生かし、創造性をフル回転させて、あ りとあらゆる料理を作り出すことが伝統なのだ。

Klare Suppe

そ して、風車模様の丸いオーストリアのパン、ゼンメル(Semmel)。このパンが懐かしいわ、とマーグレットさんとカティヤさんの声が弾む。まわりはカ リッとしていて、中はしっとり、そしてほどよい弾力がある。香ばしいのに素朴感もあるから、フレッシュなサラダからスープ、重厚感のあるメインディッシュ と、お相手はオールマイティだし、たっぷりのバターや香り高いパンプキンシードオイルをつけてそのままいただいてもおいしい。オーストリアでよくみかける このパンは、外国ではなかなか同じ仕上がりのものは手に入らないのだろう。パンを作るときの技術ももちろんそうだが、どこで育った粉を使うか、どんな水が 使われるか、イーストと気候との相性がどんなものかでも仕上がりは変わるはず。米の炊きあがり具合だって、いただく国によって異なるように。お二人の気持 ちは分かる気がする。マダムのお話では、今日、このパンは特別に職人に作ってもらったのだそうだ。

semmel

そ してメインディッシュのターフェルシュピッツ(Tafelspitz)が運ばれてきた。ホウレンソウのクリーム(Crème Spinat)、という名にふさわしいまろやかで緑鮮やかなソースと、リンゴとホースラディッシュをあわせたソース、アプフェルクレン (Apfelkren)、そしてこんがり香ばしい部分とふんわりとした部分のコントラストがおいしい、オーストリアのハッシュポテト、エアドアプフェル・ シュマーレン(Erdapfelschmarren)が個性豊かな脇役たちだ。

Tafelspitz

オー ストリアのみなさんからは、どの季節にはどんな楽しみがあって、どんな食べ物があって、と話が弾むようにポンポンでてくる。待ちわびた春にはアスパラガス の収穫フェスティバルがあり、「大きな興奮とともに迎えられるの」だそう。様々なベリー類、市場の樽からそのまま味見して美味しい白キャベツ。自然の恵み を満喫する夏。夏の終わりからは、モスト(”most”)という微発泡でアルコール度のごく低い果実酒が登場する。シードルに似たイメージなのだそうだ が、リンゴだけでなく洋ナシ、ぶどうやプラムでつくられるものもあるそう。またさらに深まる秋にむけて、ワインの発酵途中でスパークリング状態になってい るシュトルム(”Sturm”、ぶどうの場合、モストよりさらに発酵がすすんだ段階)、が楽しめる。ボトルの中でもどんどん発酵するので、ローカルでしか 飲めない、本当に限られた限定品だ。そして、冬の時期、野菜や果物の保存食、ザワークラウト、ジャム、コンポートの季節がやってくる。オーストリア人は常 に旬の食材を楽しむ伝統を守り続け、いまだに季節によって冷蔵庫の中身が全く変わるそうだ。季節と旬を楽しむ心は、「日本人と共通点がありますね。」と、 大使。

公邸料理人の堀内シェフが大きな山脈のように盛り上がった、焼きたてのプルプルと揺れるスフレを両手で抱えて 入ってきた。ザルツブルグのお菓子、ザルツブルガー・ノッケル(Salzburger Nockerl)だ。スフレに目がくぎづけになっている間にも、テーブルのオーストリア側から歓声があがる。特にザルツブルグ出身のマーグレットさんと家 族の中にザルツブルグ出身者がいるカティヤさんにとっては、子供のころの懐かしい味。スフレなんて加減がとても難しそうだけれど、ザルツブルグでは家庭で つくられるお菓子なのだそう。ちなみこのスフレは日本のフワフワしたスポンジケーキとは異なり、プルっとした食感がある。クリーミーな味わいと上質のたま ごの薫りが鼻をぬける。これに、大使のゴッドマザーの手摘み、手作りのクランベリーソースを添えていただく。ここでマダムのお気遣いが光り、二皿目の大皿 のスフレが登場。おかわりを遠慮なくしてね、というお言葉に、場は大きく盛り上がった。

Salzburger Nockerl

プルっとふわふわのスフレ、ザルツブルガー・ノッケル。大使館シェフのレシピはこちら。

cramberry jam

一つだけ選べるとしたら、個人的にオーストリアのどこが一番お気に入りですか?とみなさんにおうかがいしてみる。

山ね。牛に馬、きのこ、ベリー摘み、そして空気の匂い。長く海外暮らしをしているけれど、オーストリアに帰るたびに、空気の匂いがちがうんだなと思うわ。牧草地に森に。これがわたしのオーストリアね。― マーグレットさん。

初夏に牧草地を裸足で歩くことですね。生きてるな、って強く感じる経験です。5月や6月がいいですよ。― ツィムブルグ大使。

散歩ね。牧草地を歩いたり、庭園を歩いたり。歩きながら家族とおしゃべりをするの。―マダム・ツィムブルグ。

こ こで散歩の話でもりあがる。オーストリア人は、よく散歩をする習慣があるそう。散歩の途中でヤウゼとよんでいる軽食に寄ったりもする。ハムやソーセージ、 焼き立てのパン、しぼりたての季節のジュースやビール、そして秋ならモストやシュトルムをいただきながら楽しくゆったりとした会話の時間をすごす。散歩の 習慣って、優雅ですてきだ。

「私たち(オーストリア人)は、屋外で食べたりお話をしたりするのが大好きなんです。」とマーグレットさん。

そしてお気に入りに関する質問への答えがつづく。

山はもちろんなのだけど、私は湖ね。夏に、湖に飛び込む瞬間。これ以上のものはないわ。オーストリアの湖って、本当に特別。ほとんどの湖の水は飲めるレベルなの。あと、あの空気の匂い。―カティヤさん。

最後になっちゃって、先に言われちゃいましたよ。僕も山ですね。オーストリアの山々の緑は力強い色をしています。これをみると、オーストリアに帰ってきたな、って思います。早朝に山に登り、最高の新鮮な空気を吸う。これですね。―ミヒャエルさん。

MrOtterphoto1

ミヒャエルさんの夏休みの写真、2015年夏

散 歩して、おしゃべりして、おやつをつまんで。これをやるなら、自然に入り、ゆっくりとファームスティやワイナリーステイなんかもいいかもしれない。そして 旬の食事と微発泡のシュトルムや洋ナシのモストなどをテラスでいただいて。空気をおもいっきり吸って、ゆっくりとお散歩をしてみたい。今度は夏のおわり に、オーストリア人のようにゆったり自然と季節をかみしめる旅をしてみたくなった。そして、オーストリア人に会うと、どこかリラックスしていて、居心地が いい雰囲気の方がなぜ多いのか、少し分かったような気がした。

Story by: Rika Sakai

 

 

,