Showing Polish food culture

伝統の根底は家族の食卓 ‐ ポーランドのイースター

「ポーランド人は文化を心の底から愛する国民だと思う。僕は、とても素敵な国だと思うよ。」かつて、ヨーロッパをまたにかけてラグジュアリー・ワインのビジネスを展開している、スペインの友人が言った。時に辛口で、スペイン人らしい、まっすぐで素直な物言いの友人。心にストレートに飛び込む言葉だった。

Yukiyanagi

週末の昼下がり、恵比寿駅を出て、ポーランド大使館へ向かう坂道を下っていく。ふわっと甘い、この時期独特の春の香りがした。関東地方でよく見かける低木の地味なうす赤紫の花が道沿いに咲いている。

「Hello!」ドミニカ・ジョルダーノ領事がとびきりの笑顔で大使館の中へ迎え入れてくれた。後をついていくと、オーブンから立ちこめている感じの、肉の焼けるいい香りが大使館いっぱいにひろがっていた。

ドミニカの作るポーランド家庭料理はいつもすべて手作りだ。手作り、といっても、並の手作りではない。今まで見たこと聞いたがないくらいのレベルで手作りなのである。そのことについては、後で詳しく触れていこう。

dominika pouring water

天井が高く、天まで抜けるような一面の窓際に、壁いっぱいに植物が植えられ、水の音がする。真っ白なクロスがかけられた中央の円卓には、黄色のチューリップと、ニットにくるまったイースターエッグがぶらさがった雪柳が生けられている。まわりには、鮮やかに色塗られた工芸品のたまご、陶器の羊、レース編みでできた鳥。たくさんのひよこ。そして山盛りの二色のゆでたまご。私たちがたまごにお絵かきできるように、クレヨンと絵具が置いてある。テーブルの上は春のわくわくした気分がはじけるようだった。

table

イースターは、ポーランドにおいて、カトリックの大事な祝祭だ。しかし、もちろん、どれだけ信心深いかは、人それぞれ。それに、キリスト教伝来以前からの習慣とまじりあって現在の形になっていることもあり、ドミニカによると、民俗的なお祭りの意味も大きいとのこと。今日ドミニカが身に着けているショールも、ポーランドの地方独特のもので、他の地方に行くと、絵柄が違ったものがあるという。テーブルの上の季節の装飾品も、職人が作ったものや、地方伝統の模様などが使われている。

basket

ポーランドのイースターのかご、”Swieconka”。イースターのミサにこのかごを教会に持っていき、聖水をふりかけてもらう習慣なのだそう。みんな少しずつ、かごの装飾にこだわりをもっているそうです。

そして、イースターのときにいただく食事も、それぞれがイースター独特の伝統料理なのだ。

一皿目は、ホワイト・ボルシチ(biały barszcz)。丸く大きく焼いたパンをくりぬいた器の中に、白いシチューが入る。特徴的なのは、数日間かけて作った天然酵母を入れて作ることで独特の酸味があることだ。そして、ポーランド料理の定番、サワークリームとホースラディッシュ(西洋わさび)もたっぷりとトッピングする。

White Borscht

ホワイト・ボルシチ、”biały barszcz”。たっぷりとホースラディッシュをのせて。

スプーンでかきまぜ、一口。酵母、という言葉から感じさせる匂いはなく、ほどよい酸味と、日本人もおなじみのシチューの舌触り、やさしいマジョラムの香り、柔らかい野菜とソーセージのコントラスト、そこへプルッとはいってくるゆで卵のトッピング、わずかにスパイシーなホースラディッシュのコンビネーションが、新鮮だ。気持ちまで温かくとろけるような感覚になる。パンの器の中にとびこみたい。ドミニカにすすめられるままに、おかわり。

sausages

白ソーセージのロースト。ポーランドの必須調味料のひとつ、マジョラムが肉の香りと絶妙なハーモニーを奏でます。

二皿目は、マジョラムをたっぷり塗って、こんがり赤くなるくらいまで焼き上げた白ソーセージ。ポーランドでは、生のソーセージを使うそう。皮がしっかりと歯ごたえがでるような焼き方で、かみしめると黒こしょうのスパイシーさとマジョラムのやさしい香りとリッチな肉の味が口の中でぐるぐる回る。バターをたっぷり塗った重めのブラウンブレッドがよく合う。

そして三皿目は、パテ(Pasztet)。ブロッコリーの芽を混ぜ込み、弾むように春らしいデコレーションのスタッフド・エッグがぐるりとまわりを囲む。たまごはもちろんイースターを象徴するもので、詰め物は自分の好きなアレンジでいいそう。そしてこのポーランド独特のパテの作成工程に驚いてしまった。それ以前に、今まで、プロの料理人でもないのにパテを家庭でつくったなんて、聞いたことがない。

pate and egg

“Pasztet”。家族のために、手間をかけ、長い時間をかけて焼いてはすりつぶす。

まず、材料を二時間オーブンで焼き、三段階にわけて徐々に細かく挽く。肉は、牛ランプ肉、豚肩肉、鶏肉、レバーの四種類。ここに、マジョラムなどのハーブ、ニンジン、玉ねぎなどの香味野菜を加える。そしてたまごを加え、よく練りこみ、さらにまたオーブンで焼くのだ。そして熱をさまし、完了となる。ホワイト・ボルシチと同様、少なくとも、二、三日はかかる作業とのこと。

お味のほうは、さすがいろいろな材料が入り、工程が長いこともあるからか、複雑に絡んだ数々の材料がよくなじみ、やわらかい、ちょうどいいハーモニーを奏でている。レバーは主張しすぎることがなく、ささやかなハーブや野菜や他のお肉の香りとともに、すっと鼻にぬけ、舌に感じる程度である。家庭料理だけど、粗削りな味ではなく、よく考えられたバランスだ。これにポーランド定番のホースラディッシュとクランベリーソースをつけてみる。このコンビ、最高。自分で経験があまりない味でも、世界のどこかで昔からずっと続けられていることって、時間をかけて磨きをかけられていて、体がすっと受け入れたくなるものなのだなあ、と改めて思う。

mushrooms

サイドディッシュのマッシュルーム。ポーランド料理ではきのこをよく使う。

mead

ポーランドの伝統のお酒、はちみつ酒。さわやかな甘みで飲みやすい。

そしてデザートは、イースターのショートブレッドケーキ、マズレク(Mazurek)だ。香ばしく焼き上げたクッキー地の上に、カイマック(Kajmak)と呼ばれるミルクジャムがアイシングされている。ちなみにこのカイマックは、南米など諸外国ではドゥルセ・デ・レチェ(Dulce de leche)とよくよばれるもので、牛乳と砂糖を数時間かけて煮詰めてつくる大変手のかかるおいしいスウィーツである。ドミニカが目指していたカイマックはもっと固めのはずだったとのことだが、今日のバージョン、これはこれで絶品。少し焦げ目のついたバターの芳醇な香りとカリッとしたクッキーとトロッとしたカイマックのキャラメルの香りの味と舌触りのコントラスト、そしてドライアプリコットが口に入ると、キュッと酸味が加わってなんともさわやか。コーヒーに最高だ。

melty and crunchy

イースターのデザート、マズレク “Mazurek”。とろりとしたミルクジャム、カイマック”Kajmak”とカリッと香ばしいクッキー地とドライアプリコットの酸味がおいしいコントラスト。

これほど手の込んだ手作りの伝統料理を季節ごとにポーランド人がずっと作り続けている、ということはすごいことだと思う。また、料理だけでなく、伝統行事というものは、手間のかかるものが多いし、人々の信仰心など、内面的にも状況は時代とともに変化し、簡素化されたり廃れてしまうというのは、世界的によく聞く話である。そんななかで、ポーランド人がなぜこれほど伝統行事をきっちりと行っているのか、理由が知りたくなった。

「正直に言って、なぜだかはわからないわ。でも、もしかしたら、今でも・・・ポーランドでは家族の結束がとても強いことが理由かもしれない。だから、(制約が強かった昔と比べて現在では)みんないろいろな行動をとるようになったけれど、クリスマスやイースター、さっき話したポーランドのお盆(11月の万聖節、家族でお墓参りをする)のときは、必ず家族のもとに帰ってくるの。そして、家族の中で、だいたい年長の人が伝統を下の世代に伝えていているの。おばあちゃんとか、お母さんが(伝統の祝祭日の)準備を全部するし、女の子たちも子供を同じように育てたいと思っているわ。」

ポーランドの伝統習慣は、ドミニカにとって、どんな意味をもっているの?

「私はポーランド人で、これがわたしなの。伝統習慣がわたしという人間の、わたしの人生の、一部なのよ。伝統習慣によって、人生に意識がもてるの。人生のリズムと、自分のルーツと、どこに属しているのかという意識を持たせてくれる。どこに住んでいても、私は自分の伝統習慣をお見せしているのは、自分がどういう人間であるかを見せているということにもつながるの。・・・それに、家族や友達が特別に感じることができる日を用意できれば、自分も特別な気分になれるわ。」

「それに、もし伝統習慣をやめてしまったら、みんな同じになってしまうんじゃないかしら。それがいいという人もいるかもしれないけど、・・・文化や伝統習慣が私たちを豊かにすると思う。私は伝統習慣や、お祝い事がある人生の方がいいな。」

palm tree

マズレクにはヤシの木のデコレーションをするのが伝統なのだそう。

驚愕するほど手の込んだ家庭料理と、家族の食卓の根底にある季節行事。しかし、ドミニカの話を聞いていると、保守的に習慣を守っている、という表現よりは、伝統という文化を愛しているという表現のほうがふさわしい。そして、時代が変わっても、人々の考えが変わっても、変わらない節目に心を込めた準備をし、家族と食卓を囲むことをポーランド人はとても大事にしているのだろう。

Table set

何が幸せというものなのか。文化とは、何なのか。どうして文化をつないでいくことに価値があるのか。そんな、人の主軸をつらぬく、当たり前のようでいて、簡単に答えられない質問の答えを、ポーランドの方は、自然に知っていて、代々、実直に習慣としてつないでいっているのかもしれない。

体の芯があたたまる、春の午後のひとときだった。

Story by: Rika Sakai

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