Showing Polish food culture

アットホームの神髄―ポーランドの夜

らせん状の階段を下りていくと、天井の高いガラス張りのすてきなスペースが柔らかい光でライトアップされ、クラッシック音楽が流れ、円卓がテーブルセッティングされていた。「Hello」人懐っこい笑顔でドミニカさんとカタジナさんが出迎えてくださった。英語で「feel at home」という表現があるけれど、多くの場合、あまりなじんでいない間柄の人を目の前にして、「home」に感じられない状況を和らげるために、いわば建て前で使われることが多い。でも、この日は、初めてお会いしたときから、まるで友人のお宅に夕ご飯に招待されたような、雰囲気だった。ここは東京のポーランド大使館で、部屋に案内してくださったピョトル・ショスタック(Piotr Szostak)さんは参事官、奥さんのカタジナ・クライ−ショスタック(Katarzyna Kry-Szostak)さんは一等書記官、今日を取り仕切ってくださったドミニカ・ジョルダーノ(Dominika Giordano)さんは領事、そしてドミニカさんのだんなさんのミケーレ・ジョルダーノ(Michele Giordano)さんはグアテマラの外交官というそうそうたる立場の方々で、私たちは食事と文化の記事のために取材におうかがいしたのだが、そんなすべての外側の部分が最初からふきとぶ。

テーブルの上には、数々のオードブルがならび、小さなかわいいクリスタルのグラスがセッティングされている。ピョトルさんが奥から、氷結したウォッカのボトルを運んできて、とろっとしたクリアなお酒を注いでくださる。ウォッカだ。でも、無理して一気に飲まなくてもいいとのこと。安心して、みんなで乾杯。「Na zdrowie!(健康に乾杯!)」

vodka

フルーティな後味が上品なポーランドのウォッカ。

口に入れる。ウォッカをストレートで飲むなど、ほぼした記憶がないのだが、正直、そのままで飲めるものと思っていなかった。おいしい。こんなおいしいウォッカは生まれて初めてだ。胸が全然焼けない。スムースで、ほのかにフルーティな後味。「おかわりほしいですか?」とピョトルさんがすすめる。ぜひほしいところなのだけれど、いくらおいしいとはいえ、アルコールの強度を考えると、いまからアクセルをふみこむとまずい。丁重にお断りした。

テーブルの上には、コールドミートのオードブルとブラウンブレッド、バターが並ぶ。ポーランド人にとって、パンはとても大切なもので、結婚式の後に、象徴的にパンと塩を渡したりするのだそう。また、伝統的には、それぞれの家のパンのレシピとパン種を代々受け継いでいるのだそうだ。

テーブルには、オードブルとはいいながら、何種類もの料理がぎっしりと置かれている。「ロシアンサラダ」と呼ばれる、ポテトサラダ。芯にプルーンを入れた冷製ポークロールと鶏ひき肉のミートローフの大皿。見た目も鮮やかな鶏肉と野菜とディルのゼリー寄せ。これに鮮やかなピンク色のビーツスープがつづく。そして、話をしていてわかってきた。これらは、すべて、ドミニカさんを中心として、今日いるみなさんが食材を探し、すべてが手作りの食事だということに。日々多忙なことが想像に難くない外交官の方々が、まさか手作りでもてなしてくださるとは、思ってもみなかった。しかも、この日本で食材を探すことといい、料理の数と内容といい、とても時間と労力がかかりそうで、すっかり恐縮してしまった。

Russian Salad

ポーランドでは定番の「ロシア風サラダ」

chicken cold meat

チキンのオードブル二種。

感謝の言葉を述べると、ドミニカさんがささやかにおっしゃる。「そうですね、ファーストフードではないですね。」

cold meat

前菜、ポークのプラム巻き。ドミニカさんのレシピはこちら。

冷製の肉料理は、ベリーのソースにホースラディッシュをまぜたものを付けていただくのがポーランドでは定番とのこと。甘くてわずかに爽やかなスパイシーさを鼻の奥に感じるソースが、肉の豊かで重みのある味わいとしっかりとした食感にちょうどいいコントラスト。

このゼリー寄せは、ポーランドのお祝いの食卓でよく出る伝統のお料理なのだそう。「この料理には、お酢をかける派とレモンを絞る派に分かれるんですよ。僕はお酢派です。」とピョトルさんがにこにこしながらおっしゃる。そういっている間に、ドミニカさんが静かにレモンを絞る。製作者のカタジナさんは、私は何もかけないほうが好き、と主張する。「これをお酢で食べない人がいるなんて、信じられないね。」とお酢派のピョトルさんがいたずらっぽく言い返す。

実は、ゼリー寄せは、今までぼやけた味のものをいただいたことが多く、正直あまりよいイメージをもっていなかった。しかし、この初めていただくポーランドのものは、ダシの豊かさがフレッシュなディルのつんとした香り高さと酸味のコンビネーションで絶妙に引き締められて、メリハリがきいた、とても美味しいものだった。料理は素材とバランスなんだな、と改めて思う。

summer beet soup

ビーツの冷たいスープ。ケフィアもしくはサワークリームでさわやかな酸味をきかせる。

そして、ビーツの冷たい、夏のスープ。鮮やかなピンク色が目をひく。サワークリームのなめらかな酸味と、ふんだんに入ったディルの香り、そしてレモン汁のひきしめのコンビネーションが、爽やかかつ豊かな味わいをもたらす。こちらもポーランドで典型的な夏のスープなのだそうだ。

今日ここでは、なるべくポーランドで共通の料理を用意してくださったけれど、一般的には、地方によって料理はかなり違うのだそう。そして、クリスマスやイースターなどの祝祭日のごちそうに限っては、共通のものをつくることが多いのだそうだ。

Polish veal with mushroom sauce

肉がとろけるように柔らかい、優しくどこかなつかしい味わいの仔牛の煮込み、きのこソース。ポーランドではきのこをよく食べるそう。

メインディッシュは、仔牛の煮込み、きのこソース。双方の祖母が北ヨーロッパ出身の相方の記者のほうは、雷がおちたようにノスタルジーのスイッチがはいったようだ。とろけるように柔らかい、やさしい、おばあちゃんの味。日本人の私はちいさいころ、こういった料理は食べたことがなかったけれど、わかる気がする。相方の祖母もイギリスとオランダの出身なので、まったく同じソースというわけではないようだが、この料理には、懐かしい気持ちにさせる、心をこめて時間をかけてつくられた伝統的な料理の、穏やかで包み込むような味わいがあるのだ。

「ポーランドでは、お客さんが家にいるときは、神様が家にいるのだ、という言い方をするのです。」とドミニカさんがいう。

そして、ポーランド人にとって、料理は、ホスピタリティを示すためのものなのだ。ポーランド人の家に招かれると、たくさんの料理を用意してくれていて、はちきれんばかりにおなかいっぱいになって帰ってくる、という話を以前聞いたことがある。「何度も、『もう結構です』と言わないとですよ。それでもまだすすめられるかもしれませんね。」とピョトルさんが笑う。

desserts

デザート。フルーツを煮たデザートは、ピョトルさんの幼稚園のころの思い出の品だそう。

僕のポーランド経験は日が浅いけれど、とミケーレさんが参加する。ドミニカさんとポーランドに帰ると、いつもちょっと体重が増えて戻ってくるのだそうだ。本当に食べ物がおいしいのだという。いろいろな場所にいったことがあるけれど、特にポーランドのソーセージは格別、とおっしゃる。「とても美味しい。あんなのはほかで見つけられないです。」とのこと。

Nalewka

ポーランド伝統のフルーツをつけ込んで作るリキュール、ナレフカ(Nalewka)。右からカシス、エルダーフラワー、ラズベリー味。

今でこそ、先進国では、食べ過ぎたら太って困る、ということが大きな話題となる。でも、ほんの少し前の時代まで、そう、ほとんどの人間の歴史のなかで、我々は、おなかをすかせ、季節の移り変わりや自然に大きく影響をうけ、常に飢餓による死の危険にさらされていた。そんな中、季節ごとに限られた食材に工夫を凝らして作った美味しい料理でおなかがいっぱいになるようにもてなす、ということ以上のもてなしが、あっただろうか。もしかしたら、今日客人をもてなしたら、明日からの食糧は危険にさらされたかもしれない。それでも、「神様が家に来たんだよ」とお互いに言い合い、めいっぱいのもてなしをする。なんて限りなく温かく、寛大なのだろう。

今日、この部屋に入ってきたとき、お世辞ではなく、まるで昔から知っている友達の家に来たような温かさがあったのは、今日のホストのみなさんの心の広さはもちろんのこと、ポーランドのホスピタリティのルーツと関係があるのかもしれない。こんな寛大な、人をもてなせる人間になりたい。感謝の気持ちをこめて心から思うのだった。

Story by: Rika Sakai

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