躍動のスペイン ― 伝統のコミュニティが支える豊かな人生

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その瞬間はあまりにできすぎていた。

 

ある1月の冷たい雨の中、出張を終え、空路スペインのバレンシアへ友人に会いに向かった時のことである。ピレネー山脈の上を飛行機が南下していく。長く続く、重苦しい灰色の雲を突然突きぬけ、青空に機体がとびこんだ。陽光が燦々と降り注ぐ、とはまさにこの光景のことなのだろう。光が地中海の海面に反射し、瞬くように輝いている。目下には果樹園がひろがる。オレンジだ。とっさに深呼吸をした。

 

「この国では人生の質が高いんだ。」2008年の経済危機の後、マドリードに住んでいる友人が言った。まっすぐで、今でも忘れられない言葉だ。

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スペインは日本ではとてもイメージのよい国だ。魅惑的なフラメンコ、アンダルシアの白い街並みと壮麗なアルハンブラ宮殿、サグラダ・ファミリアを始めとする圧巻のバルセロナ、そして日本人好みの素材の良さを生かした美食などを求めて旅をする方も多いだろう。最近では、有名なレストランランキングの上位にスペインのレストランが軒並みを連ね、世界の料理界の中でも最もホットな場所のひとつといえる。また、欧州では、スペインの太陽とビーチを求めて、多くの人がリゾートを満喫しにやってくるのが恒例となっている。

 

でも、私たちはたぶん、本当のスペインの魅力を、まだ、知らない。

 

東京の太陽が照りつける7月、スペイン大使公邸で取材をさせていただく機会に恵まれた。お相手をしてくださったのは、ゴンザロ・デ・ベニート(Gonzalo de Benito)駐日スペイン大使、マリアデルコリセオ・ゴンザレス・イスキエルド(María del Coriseo González-Izquierdo)参事官、ベアトリス・マルコ(Beatriz Marco)参事官。昼食のテーブルを囲んで、外交官として、そして1人のスペイン人として、愛する母国を思う存分語っていただいた。

 

まずはリビングで、「タパス」と呼ばれるスペインの小皿料理を前菜に、シェリー酒で乾杯して昼食会はスタートする。

 

一品目は、ハモン・イベリコ・デ・ベジョーダ(Jamón ibérico de bellota)。スペイン食文化が誇る、世界最高峰の生ハムと絶賛されるものだ。

Jamón ibérico de bellota

Jamón ibérico de bellota

指でつまむと、体温で脂が指にさらっと付着し、極上の脂の香りが拡散して鼻までとどく。口に入れると、なめらかにとろけた脂が、やわらかく心地よい弾力のある肉の食感と絡まり、のどから鼻へ芳香が突きぬけて、旨味を感じるスイッチが脳から電気のように全身に走る。ナッツのような上品な香ばしさがするのは、「ベジョーダ」、つまりドングリをたべて育ったブタだからである。

 

この生ハムの原料となるイベリコ種の豚は、樫の木の生える野山に放たれ、季節の移り変わりに合わせて、自然に、生えている草や落ちているどんぐりを食べて育つ。その後、職人の手で、塩のみを加えて自然乾燥で熟成させて作るという。手間のかかる伝統的な保存食品の珍味である。まさに、現代、巷にあふれる大量生産の食品とは真逆の位置にあるものだ。

Queso Manchego

Queso Manchego

アツアツのエビコロッケ(Croqueta de Camarones)が供された。日本人の記者にとっては、懐かしい感じの味だ。

Croquetas Camarones

Croquetas Camarones

そしてエンパナディージャ(Empanadilla、小さいエンパナーダという意味)。南米のあらゆる国において愛される、エンパナーダ。元祖にようやく会えることができた。また、実は、これはスペイン語圏にとどまらず、この親しみやすい餃子のような見た目の料理は、ぐるっと世界一周、あらゆる地域で存在する。気候も文化も、地理的環境も大きく違っても、みんな小麦の生地で具を包んだ料理がお気に入りなのだ。

Empanadilla de Atún

Empanadilla de Atún

大使が補足して説明してくださる。スペインは、アラブ世界から非常に大きな影響を受けた文化の国であると。また、アラブ世界がアジアと交易をしていたおかげで、スペインには、米やオレンジなど、多くのものがアラブ世界を通じて入ってきた。エンパナーダもそう、アラブ世界が紹介してくれた料理なのだと。それもそのはず、スペインはちょうどアメリカ大陸が発見される1492年まで約800年弱、アラブの国が存在していたわけなのだから。そして、スペインが吸収したアラブ世界の文化の影響は、ラテンアメリカ諸国へと引き継がれていっている。

 

そして逆ルートも世界の食文化に多大な影響を及ぼした。スペインが中継地点となり、メキシコや南米大陸原産の、現在、世界中どの国でも見ないことがないくらい愛されている食材の数々、トマト、ジャガイモ、コーン、トウガラシ、バニラ、ココアなどが広まったのだ。

Tortilla Española

Tortilla Española

ところでメイン料理の一品目は、南部、アンダルシア地方の夏の冷たいスープ、ガスパッチョ(Gazpacho Andaluz)。トマトそのものの甘みが引き立っていて果てしなくおいしい。ほんのりとニンニクの香りとわずかなスパイシーさがきりっと引き締め役になっていて、真夏の緩んだ体に刺激をくれる。

Gazpacho's colourful toppings

Gazpacho’s colourful toppings

二品目は、東部地中海沿岸、米どころのバレンシア地方の料理、パエリアだ。目の覚めるような鮮やかな色合い。ごはんは、程よい弾力で炊きあがっていて、固すぎもせず、柔らかすぎもせず、粒がちょうどよく独立していて完璧な食感だ。一つ一つの粒がサフランの香りのきいた極旨の魚介の混合だしをよく吸い上げている。

 

大使によれば、いまでもスペイン人は、この国の食事の伝統どおり、しっかりと時間をかけてきちんとした食事をとる人が多いとのこと。スペインに帰ると、ロングドライブの途中でも、伝統的に一日のメインの食事となる昼食を、しっかりとしたコース料理でいただいているのをよく目にするそう。一皿目、メインの二皿目、デザートといただいた上に、食後酒のコニャックまできちんといただいていたりして、感動してしまうそうだ。「美味しい昼食は逃さないんですよ。そう、それにトラックの運転手も。」参事官のマリアさんも笑いながら強く同意する。「本当にそうですよね。」「スペインでは、ドライブ旅行中に『本物の食事』がしたいなら、トラックの運転手がいるところを探せと言われているんです。」

 

たしかに、過去20年、記者が今までお会いしたスペインの方々も、そういうところがあった。とりわけ、裕福なわけでも、料理に関わる仕事をしているわけでもない、ごく普通の人たちだが、美味しいものを食べることにこだわりのある人たちばかりだった。レストランに入ろうものなら、どの食材が旬で、その地方の得意の料理なのか、メニューを挟んで真剣に話し合っていたりする。

そして、スペイン人の食事へのこだわりは、素材と料理の質の高さだけではない。テーブルをかこんでの会話、すごす時間の質をとても大切にしている。記者が初めてスペインを訪れたとき、それ以前に一度お会いしただけの知人のカップルと彼らの地元で落ち合った。彼らは、どうも、いくつも電話をかけている。夕食の時間になって驚いた。両親、兄弟、友人など集まって、連日、大きなテーブルを囲んだディナーパーティになったからだ。べつに日本から客人が来たからものめずらしく、という雰囲気ではない。軽く飲み物と軽食だけで、集まることだってある。つまりは、いつもの、自分たちの輪に、いきなり飛び込ませてもらったのだ。そして、不慣れな英語で会話を成り立たせようとしてくれる。とてもあたたかく、包み込まれるような居心地。今でも覚えている。なんてシンプルで、なんて大切なこと。この人たちはよくわかっているのだ。

 

その話をすると、外交官の皆さんが微笑む。ああ、それは地中海の文化ですよ。これは地方に関係なく、スペイン全土で共通することです、と。スペイン人は、自分をしっかりもち、独立心をとても大切にする人たちだけれど、一方で、コミュニティと家族の絆はとても大切にしているのだと。

 

参事官のベアトリスさんが続ける。スペインでは、「こういうネットワークやコミュニティが、困難に直面した時にとても助けになるんです。」

 

首都のマドリードでさえ、今でもおなじアパートメントに住んでいる人同士のコミュニティが存在するんですよ、とベアトリスさんがいう。”お買い物に行くけど、卵を買ってこようか?”なんて会話がありえるのだそうだ。

White from Rueda. In Spain, better be slow with the drink, the main is the talk.

White from Rueda. In Spain, better be slow with the drink; the main course is the talk.

実際、2015年のOECD調査(Better Life Index)によると、問題に直面したときに頼れる友人や親族がいる、と回答したスペイン人は94.7%にのぼり、社会の中で人同士のつながりが強い、という分析がでている。

 

さらにスペインに関する公式データを調べていくと、2014年欧州評議会(Council of Europe)のデータでは、スペイン人の臓器ドナーの割合は調査対象69か国中 世界1位となっている。

 

また、各国の世界に対する貢献度を調査した、英国のサイモン・アンホルト教授の提示する指標、Good Country Indexによると、健康と幸福度におけるスペインの世界への貢献が世界ランキング1位だそうだ。

 

たしかに、これらのデータだけで直接かつ単純に、ある国の文化が分析できるわけではない。しかし、たとえば、まったく知らない人のために、臓器ドナーとなることに同意することは、自分に置き換えて考えてみても、勇気のある決断だということは否めない。周りの人たちと一緒の共同体の中で生きていて、助け合うものなのだという根底にある価値観を、これらのデータからまったく感じないとは、言えないのである。

 

ここで、西北部、ガリシア地方のアーモンドタルト、タルタ・デ・サンティアゴ(Tarta de Santiago)が登場する。アーモンドと砂糖、そしてほんの少しのシェリー酒を加えた、素材のよさを前面に生かした味。豊かな味わいだ。

ここで、いつもの質問をしてみた。「一つだけ選べるとしたら、ご自分の国のどこが一番好きですか?」

 

デ・ベニート大使は、「過去40年の間、私たちが生きてきた近代化のすべてのプロセスと、伝統とのコンビネーションですね。」とおっしゃった。スペインの近代化は、政治、経済、社会、文化、すべてに及ぶ。「政治でいえば、スペインは40年間も独裁政権下にあったのです。」経済においていえば、独裁政権のころは、完全に国内経済で、「海外で存在感は全くありませんでした。」とおっしゃる。でも今では、「世界で最も開かれた経済のひとつになったのです。」ちなみに、実はスペインは、インフラ事業における世界への貢献がめざましいようだ。

 

マサチューセッツ工科大学テクノロジー・レビューによると、公共交通インフラ事業会社で世界トップ10のうち6社はスペインで、世界の主な公共交通インフラの約40%を建設および管理しているとのことである。

 

大使は、ちょうど20代のころ、独裁政権の終結があり、その後のスペインの大きな変遷とともに生きてきた世代だ。そして、その大きな変化を、非常に誇りに思っていらっしゃるとのこと。「我々は、困難を乗り越えてきました。独裁政権があり、1978年に新しい憲法が承認されたものの、1981年にクーデターが起きてしまいました。」「困難でした。すべてが困難でした。でも今では、ご存じのとおり、よい国になったのです。」

 

人は経済成長をし、近代化を推進したとき、とかく、古い価値観を後ろにおいていくものだ。昔はコミュニティがあったけれど、今は人の関係が薄い、というのは世界のあちこちでよく聞く話である。なぜスペイン人は伝統のコミュニティの価値観を忘れなかったのだろう。

A traditional Rioja and a frontier Cadiz. Rich wine and rich talk, it is a Spanish experience.

A traditional Rioja and a frontier Cadiz. Rich wine and rich talk — a very Spanish experience.

ベアトリスさんが、つづいてご自分にとって好きなスペインを語る。「スペイン人は回復力の強い人たちだと思います。」

 

昔から、スペインではこういういい方があるそうだ。「よし、じゃあもう心配しないで、まず受け止めよう。そして明日は違ったやり方で対応していこう。」どんなに難しいことに直面しても、自分の置かれた場所と状況を判断し、気持ちを切り替えて対応していく、そんな強さがあるのだと。

 

そしてこうおっしゃる。スペインの好きなところは、「たとえ1杯のワインとオリーブだけでもパーティができるというところですね。」ちなみに、オリーブは、スペインではとても安価で、バルに行けば飲み物と一緒に無料の突出しで出てくるようなものだとのこと。美味しい料理ももちろん大好きだけれど、何よりも大事なのは、どんな状況であっても、まずは集まって、つらいことがあってもたくさん話す。そして、気持ちを切り替え、やらなければいけないことは、やる。そんな伝統的なコミュニティとそこから生まれる強さがベアトリスさんの好きなスペインだとおっしゃる。

 

マリアさんは、家族もふくめた友情だとおっしゃった。

 

スペイン人は、独立心をしっかりと持ちつつも、いつも友達と家族のつながりを、一生をかけて大切に維持していく。「これは私にとって、限りなく豊かなことなんです。人生において、大切なことですよね。」

 

何が人生において大切なのか、これほどぶれがなく分かっている人たち。まだまだスペインの魅力は語りつくせない。

 

 

Story by: Rika Sakai

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