三千年の歴史に生きるコーヒーの故郷の深く静かな余韻 ― エチオピア

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世界中で愛されるコーヒーの原産の地は、エチオピアだということをご存じだったろうか。今ではコーヒーの有名な産地は世界中にちらばり、記者は、お恥ずかしながら、あらゆる食材の原産が集まっているアメリカ大陸あたりなのではと勘違いしていた。

 

エチオピア ― 紀元前10世紀の伝説のシヴァの女王とエルサレムの知恵王、ソロモンとの間の息子による建国から数えて3千年の間、イタリアによる短い侵略の期間以外、独立を守り続けてきたという、アフリカの中でも特異な歴史をもつ国である。国土の3分の2は高原地帯であり、年間をとおして約24℃くらい。常に春のような気候というところも「アフリカ」の固定観念を打ち砕かれる。

 

今回は、駐日エチオピア大使ご夫妻、マルコス・タクレ ・リケ大使とヒウォット・ツファ夫人にご自宅のランチにお招きいただき、心のままのエチオピアをご紹介していただく機会に恵まれた。

 

ダイニングテーブルの上に置かれた伝統の背の高いかごの上に、色とりどりの煮込み料理の数々、そしてグレー色のスポンジがくるくるとロール状に美しく添えられている。お恥ずかしながら、最初にこれをみたとき、何に使うものなのか、まったく想像できなかった。これこそ、エチオピアの固有の主食、「インジェラ(injera)」である。「テフ(teff)」という現地の穀物を製粉し、発酵させてから蒸してつくる。ちなみに最近では海外において、栄養価の高い食材「スーパーフード」として注目されているそうだが、現地でないとなかなか手に入りにくい食材のようである。

 

さて、この「インジェラ」、それではどういうマナーで食べればいいのか。スポンジ風だし、ロール状に巻いてあるし、戸惑う。すかさず、大使が、こうするんですよ、と笑顔でデモンストレーションしてくれた。ロールをトックでつかみ、お皿の上に斜めにぱっ、ぱっ、とあざやかに広げていく。お皿の上にはインジェラのカーペットが敷きつめられた。

Carpets of Injera

Injera carpets

この上に食べたい料理をトッピングのように並べていく。お皿が華やかでとてもきれいだ。ビーフシチュー(Siga/Key Wat)、レンティルの煮込み(Misir Wat)、野菜のターメリック煮込み(Alicha Wat)、ほうれんそうのいためもの(Yetetebese Gomen)、それに自家製のカッテージチーズ。ご夫妻は、これらをインジェラで上手につつんでいただいている。真似をして、チャレンジ。手で食べるのは、だいじょうぶですか、と心配してくださったけれど、手で食べると、美味しさが増すと思う。日本の寿司もそうだし、アメリカのバーガーも、欧州各国のサンドイッチも、例えばメキシコのタコスや韓国の野菜で巻いて食べる焼肉のような、あらゆる国に存在する、手で包んで食べるタイプの料理などもそうだ。またどこの国でもパンは手でちぎって食べるもの。手のぬくもりを近くに感じながら食べるのは、人として、何か温かいものを感じるのではないかと思う。

combo

Colourful Wats

インジェラは発酵製品だけあって、ほんのりとした酸味があり、やわらかく上品なスパイスのきいた煮込み料理にさわやかなアクセントがはいる。マダムのご説明によると、煮込み料理のワットには、メケレシャ(Mekelesha)と呼ばれる7種混合のスパイス(黒胡椒、クミン、乾燥生姜、乾燥にんにく、クローブ、シナモン、ナツメグ)が使われることが多いとのこと。このほかに、もっと辛くして食べたい人は、ミトミタ(Mitmita)と呼ばれるチリパウダーを添えて、自分の好きな辛さに調節することができる。

spices

Ethiopian hot chili, MItmita, and seven spices, Mekelesha

ここで大使が、もしよかったら、エチオピアのワインがあるのだけど、どうでしょう、とお尋ねになった。フランスのワインもあるのですが。と遠慮がちにおっしゃるけれど、もちろんここはエチオピアのワインをみなさんでいただくことに。

 

香り高く深く、ドライフルーツを煮込んだコンポートのような洗練された味わいがのどに響き、煮込み料理に入っているスパイスとマイルドに融合する。やはり料理にはその土地でできた飲み物があうのだと、鼻、舌、のどからひろがって体全体で実感する。

 

ここで大使とマダムに、いつもの質問をしてみる。たった一つだけ選べるとしたら、ご自分の国のどこが一番、個人的に好きですか?

 

大使はこうお答えになる。「私はエチオピアの歴史を誇りに思いますね。エチオピアという国がどうやって作られているのかということに。我々の歴史がなければ、こんなに多くの安全保障上の問題がまわりにありながら、エチオピアはこうして安全で平和な国でいられることはできなかったと考えます。」

traditional basket

 

マダムは「多様性ね。」とのこと。「多様性はエチオピアの定義ともいえるものだと思うのです。エチオピアは多くの困難を乗り越えてきました。そしてそれは、異なる言語と異なる文化を持つ者の間では簡単なことではありません。」

 

ちなみに公式情報によれば、エチオピアには86の異なる民族がいるとのことである。「現在のエチオピアは、彼が言ったように、その歴史の中から、多様性をとおしてつくられているのです。」「エチオピアにはイスラム教徒もクリスチャンもいますが、ともに生活しています。宗教が違うというだけの理由でテロリストがどんなことをやっているのかという(外国の)ニュースを耳にされるかと思いますが、エチオピアでは全く状況が違いますね。例えば来週はラマダン(イスラム教の断食期間、日没後になってからのみ食事ができる)ですが、もし私がエチオピアにいれば、(イスラム教信者の)友達の家に行って、彼らの料理をいただくことになるでしょう。逆に、彼らが私の家に来てクリスチャンのごちそうを一緒にいただく機会もあります。一緒に楽しく生活しているのです。これが、多様性というものです。尊敬すべき多様性です。」

 

ご夫妻によると、イスラム教徒とキリスト教徒の結婚も、エチオピアでは普通に行われていることなのだという。

 

大使がこう続けられる。「私たちの問題は、貧しい国だということです。「たとえばもっと収入があったら、経済がつよく受け入れ態勢があったら、もっとたくさんの場所を世界遺産登録できていると思います。」世界遺産の登録は、プロモーションをするお金がなければなかなかできないのだとのこと。

 

これに対し、今、エチオピアでは、過去20年間、復興プロジェクトを推進しているのだという。「貧困がエチオピアの歴史と文明に影を落としてきました。」「干ばつと飢餓―これらが我々のイメージを大きく傷つけてしまいました。ですから、我々は今、エチオピアのそういったイメージを変えられるよう懸命に努力しています。」

beef wat

Ethiopian beef stew, Siga/Key Wat

「エチオピアの場合、それぞれのアイデンティティは異なります。話す言語も異なりますし、食事などの文化も異なります。でも、ともにいるのです。」「そのため、私たちは、多様性を受け止め、称賛する憲法を作りました。」

 

一つの言語と一つの文化だから国であるということではなく、異なる人々が協働してひとつの国をつくっているという考え方なのだということだ。

 

「エチオピアの憲法は、スイスの自治体のシステムと似たような考え方なのです」と、大使。

 

公式情報によれば、エチオピアの人口は約64%がキリスト教、約34%がイスラム教、残りが土着の伝統宗教とのこと。エチオピアにおけるキリスト教とイスラム教の歴史は古く、これらの宗教が伝わった初期の国のうちのひとつとのことだ。

 

歴史上でも今日でも、宗教が違うことでお互いを寛容に受け止められず、ひいては戦争になってしまうことはよく聞く話ではある。一方で、世界の歴史上においてこれらの宗教の共存は存在していたわけだし、ひいては長い年月、同じ土地に共存していて、たとえばご近所どうし、何世代も市場にお買い物に行けばおしゃべりをし、日曜の午後に一緒にコーヒーを飲んでお付き合いをしたり、天災などを含め地元で問題が起きたら一緒に対応をしていたとしたら、お互いのプライベート部分の、信仰の違いについて、それはそういうものか受け入れあって生きているというエチオピアの人々の選択も、人として自然な感覚で想像できるのである。

lentils

Lentil stew, Misir Wat

自分の近くにある異質なもの、異質な人に対し、ネガティブな気持ちで目を向けるか、そんなものだと素直にうけとめてみたり、少しおもしろそうだと思って近づいてみるか、その違いで裾野は大きく分かれてしまう。前者は最終的には戦争もありえるし、後者は大使ご夫妻の説明するエチオピアの人たちのように、相手の伝統行事のごはんに呼ばれたら、いただいてみて、普通に人間として、楽しい時間を過ごし、共存できるわけなのだから。

coffee pot

話は食卓にもどり、マダムが食後のコーヒーのセッティングを始められた。お香をたき、「ジャバナ(jebena)と呼ばれる美しい伝統のポットから、小さめの湯呑のような形の、これもまた伝統のカップにコーヒーを注いでくださる。今日は、ジンジャー・コーヒーとのこと。エチオピアでは、コーヒーにショウガやクローブなどを入れてフレーバーをつけることはよくあるそうである。柔らかく、洗練され、どこかわずかに甘さを感じるような香りが鼻に抜けたのちに、爽やかでスムースな余韻が残る。「コロ(Kolo)」と呼ばれるローストした大麦とピーナツをあわせたお茶うけがそえられている。この見た目、この味、どこか日本人として親しみを感じる。

 

やさしい香りのお香、やわらかくてすっきりとしたコーヒーのおかわりとお茶うけ。何気ないおしゃべり。心がほんのりとするこの雰囲気。遠い遠い国の習慣だけれど、一瞬、祖父母の家でのひとときを思い出した。コタツに合い向かいにすわり、お茶うけのお菓子に手をのばす。縁側をながめながら、おしゃべりしながら、ゆっくりとおじいちゃんとおばあちゃんと緑茶を飲む。そんな記憶がよみがえる、あたたかな時間だった。

 

kolo

Story by: Rika Sakai

English Article 他の国を発掘

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